これまで、日本人の心を形作ってきたもの( 第一回、第二回)、江戸時代の高い精神性(第三回、第四回)についてみてきました。
「神仏儒の摺合」が、日本人の心を磨く基盤となりました。そして「権威と権力の分離」によって、権力の腐敗や暴走を食い止める仕組みがありました。
この二つが結晶したのが江戸時代でした。武士階級の人々は厳しい倫理観を持ち、生活の中で実践していました。また、その姿を見ていた庶民の間にも、マナーや節度ある態度が広まっていたのです。
こうして出来上がった「日本人の心」は、大きな歴史のうねりの中で失われてきました。
ここからは、「日本人の心」はなぜ壊れたか、その経緯についてみていきましょう。
C.日本人の心が壊れた経緯
1.明治維新
江戸末期、日本は世界的な植民地獲得競争の波に飲み込まれ、「鎖国(=江戸システムのままでいく)」か「開国(=西洋のシステムを導入する」の二択を迫られることになった。
幕末の動乱から明治維新を経て日本は「開国」することを選択。西洋科学文明を取り入れた「富国強兵策」をとることになった。
このことによって、日本が欧米列強国の植民地になることを避けられた。しかし一方で、日本が江戸時代に育んできた「高い精神性」を壊すきっかけにもなった。
それが、明治政府が西洋科学技術文明を導入するために行なった、「神仏儒の破壊」「自然環境破壊」「コミュニティの破壊」だ。(続きます)
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